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38歳 発達障がい者の七転八倒日記

小さい時から、他の人との違和感を感じながら生きてきた38歳男。日常の悪戦苦闘ぶりを纏めた日記です。

名人・武邦彦 天国へ

またも間が空いてしまいました。火曜日は職業訓練の試験、水曜日は病院で小倉。

加えて、この酷暑もあって、昨日は「睡眠時間:不明」な位、爆睡しておりました。

朝寝て、昼寝て、夜は床の上でバタンキュー→その後ベッドに移動。

完全に夏バテになってしまいました。今の冷房の掛け方は「外の気温マイナス4度が

適温」と言われていますが、そうなると設定温度が32度とかになってしまうのですが。

 

オリンピックのメダル獲得のスマートニュース速報が連続して掲示されており、

色々と処理をしながらYahoo!を見たら、「ターフの魔術師 武邦彦さん死去」と

速報が13時ごろ入っておりました。武豊騎手・武幸四郎騎手の父親として知られ、

関西所属騎手では初の通算勝利1,000勝を達成した武邦彦さんが77歳の人生に幕を

閉じました。

 

多分知らない方も多いので、簡単にプロフィールを。デビュー18年めの昭和47年に

アチーブスターで制した桜花賞が初めてのタイトル。

しかし、1ヶ月後の日本ダービーロングエースダービージョッキーになりました。

他にもタケホープキタノカチドキインターグシケン菊花賞を3勝しました。

中でも、昭和51年の有馬記念からコンビを組んだトウショウボーイはライバルの

テンポイントグリーングラスで「TTG」と呼ばれ、多くの名勝負を繰り広げました。

昭和55年には関西所属の騎手で初めての1,000勝を達成しました。

昭和60年に引退。調教師に転向しバンブーメモリーなどの名馬を育て、2009年定年で

引退。引退後はスポーツ新聞の解説コラムを書いておりました。

 

息子の豊騎手がデビューしたのは昭和62年。平成元年、イナリワン天皇賞春を制し、

父親ができなかった天皇賞ジョッキーの栄誉を僅か19歳で獲得しました。

その時のエピソードで親友の関西テレビ杉本清元アナが武邦彦さん(NHKの中継の

解説を担当)の姿を見て、「おめでとうございます」と声を掛けると「俺だったら、

もっと楽して勝っていた」と返し、その後も「今のユタカの馬のレベルだったら、俺は

もっともっと勝っていた」と息子の快進撃を喜ばない父親。しかし、ビールのCMでは

仲良く飲むシーンがあり、勝負師とは離れた父親の姿がCMに出ておりました。

 

先週の小倉競馬で騎乗停止処分を受け、今週、来週と騎乗できない武豊騎手が

大変尊敬できる偉大な人でした。今の私があるのも父親のおかげです。」

とコメント。「武邦彦の息子」のプレッシャーに負けず、日本競馬史に残る大記録を

達成してもなお、尊敬できる、偉大な人と言った武豊騎手。素敵な言葉です。

 

先日、大橋巨泉さんが亡くなりました。巨泉さんは司会もさることながら、

競馬評論家としても活躍。きっと、今は巨泉さんなどが待っているでしょう。

 

武邦彦さんのご冥福をお祈り申し上げます。